本 殿
明治10年造営(神明造)
それ以前の本殿は、常磐堅磐社として移築されている。
櫛麻智命 ( くしまちのみこと )
《御祭神》
幣殿・拝殿 (神社正面)
社伝によると、今から二千余年前、第10代崇神天皇の御代に神社創建以来、天平8年(736年)僧行基が東国鎮護の為に社殿を造営し、蔵王権現を勧請したと言われている。
修験の霊場として、歴代の朝廷の崇敬厚く、また武家社会となっても諸将の信仰は盛んであり、社殿の造営・修繕などはことごとく公営で執行されてきた。
一時多くの戦乱のために社殿は荒廃したが、文暦元年(1234年)中臣国兼が御嶽権現の霊夢により御嶽山に登り、改めて蔵王大権現を鋳造奉戴して社殿を再興した。
江戸時代に入り、徳川幕府は慶長11年(1605年)に大久保石見守長安を普請奉行として本殿以下の大造営を行った。その際南面であった社殿を江戸城鎮護の為に東向きに改められた。
現在の幣殿・拝殿は、元禄13年徳川幕府によって造営された権現造りで、天保年間に修復、さらに明治中頃に屋根を檜皮葺から銅板葺きに改められる。
少彦名命 ( すくなひこなのみこと )
廣國押武金日命 ( 安閑天皇)
大己貴命 ( おおなむちのみこと )
日本武尊 ( やまとたけるのみこと )
(ひろくにおしたけかなひのみこと)